こんにちは。8月となり、いよいよ夏本番を迎えました。現在酒ミュージアムの酒資料室では、酒づくりに関わる微生物の展示「お酒でのぞくミクロな世界」展を開催中です(~11月23日まで)。
そこで、今回から3回にわたって、「シリーズ お酒と微生物」を酒トークでもお届けします。初回となる今回は、微生物を知らなかった江戸時代の酒づくりについて、9月は麹菌、10月は酵母についてご紹介します。
さて、人間が微生物の存在に気が付いたのはいつからかご存知でしょうか。初めて微生物を見たのは、17世紀後半に自ら顕微鏡を作ったオランダ人のレーウェンフックという人物でした。その後、19世紀中頃に、フランス人のパスツールが発酵と腐敗には微生物が関わっていることを突き止め、1866年に低温殺菌法を創案し、加熱することでブドウ酒が腐るのを防ぐことができるようになりました。こうした西洋の微生物に関する知識は、明治時代に日本へもたらされ、日本酒づくりをはじめ、様々な分野に影響を与えていくことになります。
では、微生物のことを知らずに清酒づくりを行っていた江戸時代の酒蔵で問題は起きなかったのでしょうか?ここからは、古文書などから当時の様子を見ていきましょう。江戸時代の酒づくりで、最も懸念されたのは酒が変質してしまうことでした。変質の原因について、現代では「火落ち菌」という微生物の仕業だとわかっていますが、江戸時代はそうはいきません。原因がわからないため、米をきちんと洗えば防げるのではないかといった、現代から見れば的外れなアドバイスが江戸の下り酒問屋からもたらされることもありました。このような状況のため、酒が変質してしまうこともしばしばで、「不風味」や「かわり」等といった酒の変質を示す表現が古文書に見られます。
変質した酒の価格は、通常の1/3の値段での取引となっています。
しかし、全く酒の変質を防ぐ手立てがなかったわけではありません。実は加熱すると変質を防げるということは、江戸時代の酒蔵では経験的に知られていました。こうして考えると、19世紀にパスツールが低温殺菌法を発見する以前に、日本では理屈を知らないため不完全ではありますが、加熱殺菌法を編み出していたということになります。
このように、江戸時代には微生物を知らない中でも試行錯誤して、清酒の品質維持に努めていたのでした。次回は、酒づくりに欠かせない麹菌に注目してご紹介します。開催中の展示の方もよろしくお願いします!
大きな酒林を見に来てな!